ETV特集 原発事故”最悪のシナリオ” ~そのとき誰が命を懸けるのか~  Eテレ 3月6日放送

 

福井清春(放送を語る会・大阪) 

 

 3/11地震発生、3/12福島原発1号機爆発、続いて3/14同3号機爆発。日を追って事故の深刻さが明らかになっていく、そんな状況下で「最悪のシナリオ」が想定されていく。いち早く動いたのが米軍・米政府、続いて、米軍に促されるように自衛隊が最悪のシナリオを想定し、国から要請があった場合の準備を開始する。諸々の対応に追われる日本政府が最悪のシナリオに着手するのは二週間後になる。

 米国の対応の早さの背景には、在日米軍と日本在住の米国民の保護という差し迫った事情があった。番組は、自衛隊に対して米軍中枢から『英雄的行為』を求められていたことも明らかにした。「原子力政策」も「重大事故への対応・処理」においても、アメリカへの従属を感じる。

 現地の東京電力社員の事故対応は、絶望的な状況下で困難を極める。そんな中、東京電力・勝俣会長の発言…『自衛隊に原子炉の管理を任せます』という無責任な言葉には唖然とした。                                                                                    番組の最後は、当時、「最悪のシナリオ」に関わった人たちへのインタビューで結んだ。 

*北澤防衛大臣(当時)『国民へ情報公開しないと協力は得られない』

*廣中統合幕僚監部運用部長(当時)『国としてどうするのか。何も変わっていない。同じことが起きるだろう』

最大の教訓とすべき『原発廃止』の声を、当時の関係者から番組の中で聞くことはなかった。

 番組は「最悪のシナリオ」想定を求められる当時の状況を時系列で明らかにし、それが、国民には全く知らされないまま進められていたことに大きな危惧を感じた。

公文書の隠ぺい・改ざんが常態化する今、果たして当時の記録は残されているのだろうか?

教訓を生かすための記録は残しているのだろうか?                                   

昨年来の国のコロナ感染対策を見るとき、非常事態・原発事故の教訓は全く生かされていないと感じる。 

未曽有の大災害からの復興、それをより困難で長期的なものにしているのが原発事故である。

事故発生時、『日本は原発を持ってはいけない国だ』と、多くの国民が痛切に感じたことだった。

自分の中で薄れていく当時の思い、それを呼び覚まさせる番組だった。                                                                                                                                                         

 小滝一志(放送を語る会)     

    

  東日本大震災を振り返ってそこから何を学ぶか。原発事故からのそれは最も重要なものの一つだろう。

 この番組は、原発事故による「最悪のシナリオ」が首相官邸・自衛隊・米軍でそれぞれつくられていたいたことを明らかにし、東京電力福島第一発電所の三つの原子炉の爆発事故を官邸・東電・米軍・自衛隊のうごきと併せて克明に検証し、そこから教訓を引き出そうとしている渾身の力作だ。当時の菅首相・北沢防衛相など100名以上の当事者に独自取材した証言の積み重ねが、事故の隠された事実を明らかにし、切迫した危機的状況をリアルに浮かび上がらせる。改めて、この事故が「最悪のシナリオ」寸前だったことを思い起こさせる。なぜ、このテーマがNスペでなくE特だったのか不思議だ。

番組は、「最悪のシナリオ」は三つ作られていたことを明らかにした。

 一つは、官邸が科学者に依頼した「福島第一発電所不測事態シナリオの素描」で事故から1年後に情報公開請求で明らかにされるまで極秘だった。そこでは、首都圏を含む半径250㎞県内での甚大な被害を想定していた。

 もう一つは米軍の「最悪のシナリオ」。福島原発から半径200マイル(320㎞)県内にある6つの米軍基地から87000人を撤退させる計画だった。 

 三つめは、防衛相・自衛隊が作成した緊急避難シナリオで、交通手段を総動員して80㎞県内の80万人の人々を避難させる計画だった。「最悪のシナリオ」は、寸前で回避された。

東京電力の無責任・不誠実をいくつかの事例で、番組は明らかにしている。

 最初は、原発1,3号機の爆発の後、2号機も危機的状況が伝えられていた時、東電が「撤退」許可を求めたうごきだ。伊藤哲郎内閣危機管理監(当時の)が官邸に詰めていた東電関係者に聞いた生々しい証言がある。「1Fを放棄することになる。全くコントロールが聞かなくなる。メルトダウンすれば2Fにもいられなくなる」。Q「4っつ(2Fの4基の原発)も放棄?」、「そうです」。

二つ目は、3月15日に政府と東電が立ち上げた合同本部に呼び出された廣中雅之自衛隊統合幕僚監部運用部長(当時)の証言「(東電勝俣恒久会長から)自衛隊に原子炉の管理を任せると言われた」。しかし番組スタッフが真偽を確認しようと問い合わせたが、勝俣会長からは応答が無かったことをコメントで明らかにしている。

三つめは、当時の東電幹部はだれも番組のインタビューに答えていないことだ。当時の官邸トップ・菅首相、自衛隊のトップ・北沢防衛相、アメリカNRC(原子力規制委員会)のチャールズ・カストー日本支援部長、スティーブ・タウン在日米軍連絡将校などの当事者がインタビューに応じているが、東電幹部は誰一人、インタビューに登場しない。

番組は、米軍、アメリカ政府の圧力・干渉の実態も明らかにしている。

ワシントンは強い危機感を持ち、事故後、即座にNRCが16人の放射能拡散の専門家を含む400人体制の対策本部を設置、日本支援部長を東京に派遣していた。米軍も「トモダチ作戦」でいち早く福島沖に空母ロナルド・レーガンを派遣していた。しかしレーガンは、13日17.5µSV/hの放射能検知後は、1Fから50マイル圏には入らなくなった。

そして米太平洋司令官が、自衛隊に「もっと積極的にやれ」、米統合参謀本部議長が「日本はもっとやるべきだ」などと自衛隊幹部に圧力をかけてきたことを、双方の当時者が証言している。

私が屈辱的に感じたのは、アメリカ大使とカストーNRC日本支援部長を議員会館に呼んで、官邸が科学者に依頼した「最悪のシナリオ」をひそかに提示し、意見を求めた細野豪志首相補佐官(当時)の証言シーンだ。この「シナリオ」は当時、国民には極秘で、北沢防衛相にすら見せず、官邸の一部のメンバーだけに共有されていた極秘文書だ。日本政府の態度に「卑屈さ」を感じるのは、私の思い過ごしだろうか。

再発は防げるか

 事件後10年を経た今、当事者たちがかたる証言に私たちはもう一度、立ち止まって耳を傾ける必要があるのではないか。

「日本政府は、大きな対処方針示すより目の前の事態への対応で精いっぱいだった」(折機木良一自衛隊統合幕僚長・当時)。

「全体像を早めに打ち出すことに欠けていた。検証して後世に残さねば」(北沢防衛相・当時)

「(危機対応策を)再設計してしくみをつくることが大事」(寺田学首相補佐官・当時)

「最悪の事態考えて備える訓練、日本の中には多分ない。今も何一つ変わっていない。危機的状況に国としてどうするか。だから同じことが起きる」(廣中統合幕僚監部運用部長・当時)。

 これらの警告は、コロナ危機下の現在の政府の対応にもそのまま当てはまるのではないか。そして、原発再稼働を画策する人々には、この番組を見て、思考停止を解いて、もう一度よく考えてほしいというのが視聴後の私の感想だ。