2020. 9.19  小滝一志(放送を語る会)

 

「シュン」のツイッター騒動を考える ~「1945ひろしまタイムライン」~ 

 
 NHK広島放送局が番組と連動して開設しているツイッター「1945ひろしまタイムライン」で、「シュン」のツイートが、ヘイトスピーチを拡散し煽るものとして批判にさらされている。
 問題のツイートは、「朝鮮人だ!! 大阪駅で戦勝国となった朝鮮人の群衆が、列車に乗り込んでくる!」「俺たちは戦勝国民だ!敗戦国は出て行け!」「圧倒的な威力と迫力。怒鳴りながら超満員の列車の窓という窓を叩き割っていく そして、なんと座っていた先客を放り出し、割れた窓から仲間の全員がなだれ込んできた!」(いずれも8/20)。もう一つは、「朝鮮人の奴らは『この戦争はすぐに終わるヨ』『日本は負けるヨ』と平気で言い放つ。 思わずかっとなり、怒りに任せて言い返そうとしたが、多勢に無勢。しかも相手が朝鮮人では返す言葉が見つからない。奥歯を噛みしめた」(6/16)。
これに対し、多くのメディアや市民団体が「公共放送がヘイトスピーチ」などと一斉に抗議の声を上げ、8月23日にはNHK放送センター前で抗議のスタンディングをする市民も現れた。
 NHK広島放送局は、24日HPに「6月16日・8月20日のツイートについて」を掲載、お詫びした上で「今後は、必要に応じて注釈をつける、出典を明らかにする」ことを表明した。(HPからすでに削除されたようで今は見られない)

 そもそも、この「シュン」のツイートはどのように作られたのか。
 NHK広島放送局のHPの「シュン@ひろしまタイムライン」冒頭には「75年前の中学1年生・新井俊一郎さんの日記などを基に、今の広島の10代が想像をふくらませ、『シュン』として伝えます。」とある。
 もともと番組企画も「もし75年前にSNSがあったら」の設定で始まっている。
 8月3日 BS1で放送された番組では広島ゆかりの10代の若者5人が、実在のモデルの日記を基に、日記の中の出来事を自身で追体験したり、健在のモデルに直接インタビューして体験を聞くなどして、懸命に当時を想像してツイートしている。彼らの戦争体験への誠実な向き合い方が好印象を残す。
ツイッターでも、8/6原爆投下時を想像して発信した多数のツイートには「生きて!」「逃げろ逃げろ!」「シュンくん!無事ですか!」など、「シュン」の心情に同化し共感するフォロワーが時には万単位に及んでいる。
 しかし、前記した8/20 の朝鮮の人々に関するツイートには、一転して半数近くが批判的リツイートだった。「元々の意図、つまり戦中戦後を考えるという目的そのものを、こんな表現によって発信者は踏み躙ってしまってる」「上記のツィートを注釈なくつぶやくことは差別や偏見を煽動し、また加害行為を行っていると同じです」「このツイートがヘイトスピーチだとまでは表現しないが、粗雑なヘイトスピーチに勝るヘイト効果を波及させるということに感性理性が働いていない」等々。
 そして批判的リツイートばかりでなく、「朝鮮人と、かかわったらダメですね、今も昔も」「やられたらやり返す! 倍返し」「この民族は、自らの都合だけで動きます。 誠実などと言う言葉はありません。決して関わってはいけない民族です」などのヘイトスピーチをも誘発してしまった。

ここからは、私の推測だ。
「シュン」のツイートを作っていた10代の彼らは、この現象に戸惑ったことだろう。モデル新井俊一郎さんから「今と、軍国主義的教育で洗脳された少年の気持ちの違いを知ってほしい」と指摘され、懸命に当初の設定を守って、1945年の「シュン」くんの気持ちに近づこうと努力し、真面目にツイートしたことが、嵐のような批判やヘイトスピーチを呼んだことに。この現象を呼んだ責任は、誠実な若い彼ら自身にあるとは思えない。
 ツイートはすべて、NHK広島放送局の責任で発信している。6/16及び8/20ツイートを発信する前に、ヘイトスピーチが拡散する危険や批判が押し寄せる事態を予測できなかったのであろうか。近年の政権の姿勢がもたらした険悪な日韓関係、市民の間の嫌韓感情の拡がりやヘイトスピーチの横行とともに、一方で、「BLM」、「#me too」運動にみられるように、差別問題に敏感な世論の高まりがあり、注釈や解説抜きの「シュン」のツイートがどんな反響を呼ぶか想像できなかったのだろうか。もし、検討していたのであれば、通り一遍のお詫びの表明だけでなく、その内容・事実経過を明らかにして、視聴者からの意見に真摯に耳を傾けるべきであろう。

 私は、ヘイトスピーチを誘発した要因として二つの見落としがあったと思う。
 一つは、人種差別・民族差別などについての近年の動向を見落としていたこと、その根底に差別問題への敏感さが欠けていたことがるのではないか。特に朝鮮の人々に対する民族差別が、軍国主義下の戦前のもの、過去のものではなく、今日にまで続いていることに充分思いが至らなかったのではないか。もう一つは、短文のツイートが独り歩きしやすいツイッターの特性の見落としである。「ひろしまタイムライン」の最初の設定「実在のモデルの日記などを基に、現在の若者が『1945年』について想像を膨らませた産物」であることがいつの間にか忘れられ、多くの人の眼には「現代のヘイトスピーチ」と受け取られてしまった。「シュン」のツイッターが、現在の若者の想像の産物であることを、その都度喚起する「注釈」や「解説」の工夫が必要だったのではないか。
 今回の「シュン」のツイッター騒動の大きな背景に、日本社会や日本のメディアが、戦前の歴史の負の部分、加害責任の歴史に向き合ってこなかったことも指摘できると思う。戦前日本が朝鮮を植民地支配してきた歴史の事実を知らないことで、根拠のないデマに安易に飛びつきヘイトスピーチをまき散らす。そのヘイトスピーチのおかしさには気づきながら、それを批判する声が市民の中に広がらない弱さも、加害の歴史にこれまでしっかり向き合ってこなかったツケではないだろうか。

 

 

 

 

BS1スペシャル「1945 ひろしまタイムライン もし75年前にSNSがあったら」8/3 放送(NHK広島放送局制作)

 

 2020.9.8 小滝一志(放送を語る会)


 タイトルにあるように「広島に原爆が投下された1945年、75年前にSNSがあったら当時の人はどんな気持ちをつぶやいていただろうか?」というユニークな設定で、戦争体験を知識だけでなく追体験して五感を通してリアルに継承してゆこうという試みとして、感銘深く視聴した。
 3人の実在のモデルの1945年の日記を基に、広島にゆかりのある現代の若者11人が、日記を追体験しながら当時の気持ちを探り、ツイッターで発信する。戦時下の人々の生活実態や感情、原爆のリアルを、今の若い世代の心に響くように伝えたいという制作意図が込められた番組の工夫された仕掛けになっている。番組は、現代の若い世代のツイートに、日記の原文、当時B29から撒かれたビラなどの現存資料、記録映像による人々の生活のようすや歴史的事実などを織り交ぜて1945年当時の広島が再現される。
 三人のモデルのなかでただ一人健在の新井俊一郎さん(88歳)は当時中学1年生で13歳。「シュン」としてツイートを発信するのは、現在の高校生中心の105人と劇作・演出家の柳沼昭徳氏。5人は、配給のコメを弟と運んだ日記を追体験しようと20㎏のコメを担いで、当時お米屋さんの在ったところから自宅まで歩く。原爆投下直後、疎開先から6時間かけて爆心地に近い自宅まで徒歩で帰宅した新井さんの体験を追体験する。健在の新井さんにインタビューし、「絶対に助かってない」顔の膨らんだ幼い姉妹とすれ違った帰宅途中の松並木を確かめる。10代の5人が懸命に努力してツイートする「シュン」の気持ちだが、時に健在の新井さんからは「面白くない。当時の思いと違う」「今と、軍国主義的教育で洗脳された少年の気持ちの違いを知ってほしい」と指摘される。若いメンバーの一人は、新井さんが当時暗唱させられた「軍人勅諭」を丸々書き写して当時の気持ちに迫ろうとする。戦争体験の継承の難しさを実感させるやり取りだ。
 別のモデル、当時32歳の新聞記者だった大佐古一郎さんのツイートを担当するのは、テレビ局のアナや記者を経験した若い女性、編集者、公務員の三人。一郎氏の岡山空襲の取材体験日記、特高の検閲係と言いあいながら書いた一郎氏の新聞記事を読み比べて、現代の若い3人は、「(当時のジャーナリストの)葛藤を知ることができた。、救いを見つけた」。そして、コロナ禍の「緊急事態宣言」を体験し、「非常時の渦中にあると冷静にものが見られなくなる」ことに気付く。
原爆投下の日、当直明けで自宅にいた一郎氏は、5㎞の道を歩いて爆心地を取材する。「広島市は全滅です」と書こうとするが、中国軍管区司令部の発表は「市内に相当の被害を生じたり」。一郎氏のツイートを担当する3人も、爆心地取材の朝からの一郎氏の足取りを6時間かけてたどり、「書けない脱力感」を共有する。
 3人目のモデル、夫が5月に出征し、お腹に赤ちゃんのいた今井康子さん。お腹の赤ちゃんだった長女北村純子さんが読んだ母の遺品「夫の手紙」も印象深い。
 現代の若者目線で、当時の生活感やさまざまな感情を追体験しながら、リアルに戦争体験を継承しようとした番組の意図は成功しているといえる。現代の若者たちの真摯な姿勢が爽やかだ。
追記
 番組と連動してNHK広島放送局がツイッターで「1945広島タイムライン」を発信している。この内、「シュン」の6/16,8/20のツイートに「朝鮮の人々へのヘイトを煽る」との批判が集中している。好評の放送番組の評価を損なう残念な出来事だ。別途、調べてみたいと思う。